大判例

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東京高等裁判所 昭和25年(ネ)315号 判決

被控訴人は控訴人に対し栃木県河内郡古里村大字下岡本二千五番地所在家屋番号同大字百五号木造亜鉛葺平家居宅建坪二十六坪一棟の内西半分十三坪を明渡せ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、事  実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、

被控訴人は本件控訴を棄却する旨の判決を求めた。

事実並に証拠の関係は、

控訴代理人に於て本件家屋について被控訴人主張のような調停の成立した事実は認めると述べた外はすべて原判決の事実に記載してあるとおりであるからこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

本件当事者間の宇都宮区裁判所昭和二十一年(ノ)第二七号損害賠償調停事件につき昭和二十一年十月九日宇都宮区裁判所に於て、主文第二項記載の家屋(以下本件家屋と言う)が控訴人の所有に属することを被控訴人に於て認め、被控訴人が控訴人から賃料一ケ月金十円の定めで賃借し、控訴人は被控訴人に対し本件家屋の明渡の請求をしない旨の調停が成立した事実、控訴人が昭和二十三年十一月一日被控訴人に対し右賃貸借契約の解約の意思表示をした事実は当事者間に争がない。

よつて右解約の意思表示の効力について判断する。

成立に争のない甲第一号証、当審証人柴田清次郎の供述により真正に成立したことが認められる甲第四号証、弁論の全趣旨に徴し真正に成立したことが認められる甲第五号証、原審証人森田豊松、岡本チカ、岡本彦重、当審証人柴田清次郎、原審に於ける被控訴本人、原審並に当審に於ける控訴本人の各供述、(但し後段認定に牴触する部分を除く)、原審に於ける検証の結果を綜合すれば本件調停成立に至る迄の経緯、本件解約申入並に当審に於ける本件口頭弁論終結当時に於ける本件当事者双方につき次のような状況の存在した事実並に現に存在する事実が認められる。

即ち、被控訴人は本件家屋を昭和十八年二月頃控訴人の兄岡本彦重から買受けこれが所有権移転登記を受けたところ、控訴人は本件家屋は兄彦重の所有ではなく自己の所有であると主張し三者間に紛争を生じ控訴人から前記調停を申立てるに至つた事実、他方被控訴人は栃木県河内郡古里村大字下岡本二千九百四番(家屋台帳千九百七十三番)所在木造亜鉛葺平家居宅二戸建一棟建坪二十四坪三合を所有し控訴人へ賃貸していたが、控訴人は被控訴人の承諾の下に訴外柴田清次郎、阿久津アサへ転貸していた事実、右調停に於ては本件家屋の所有権は控訴人に、二千九百四番の家屋の所有権は被控訴人に属することを相互に承認し互にその居住状態を尊重して各賃料一ケ月金十円で賃貸し冐頭説示のとおり相互に明渡の請求をしないことを約した事実、控訴人は支那に居住し昭和二十一年二月頃内地へ引揚げて来たものであり、控訴人の家族はその前宇都宮市に居住し戦時中空襲によつて罹災し一時市内の親戚へ寄寓したが昭和二十年九月頃栃木県河内郡古里村大字下岡本二千六百九十八番地に地主菊地敬蔵から約百坪の土地を借受け地上に八畳一間丈の一時凌ぎの急造のバラツクを建て同家に本件解約申入当時から現在に至る迄控訴人夫婦の外子供六人(現在は二十二歳の男子を筆頭に、二十歳の男子、十八歳の女子、十六歳の男子、十三歳の女子、四歳の男子)合計八人が居住し八畳の間には箪笥、茶箪笥その他の家財道具類が置かれてある為め甚だ手狭で難渋している事実、控訴人は国立栃木療養所内に売店を設け雑貨商を営む外宅地内の僅少の畑を耕作し、長男は日本製鋼株式会社へ勤務し以上の收益でその生計を維持するものであるが生計思わしからざる上、療養所内に於ても患者自治会の売店が開かれ更に職員組合に於ても売店を設ける計画中の為め控訴人の売店は漸次不振に陥り早晩廃止の運命にあるところ、控訴人居住家屋は白沢街道から約百米も離れた七、八軒の人家が点在する畠の中に存在し雑貨商に不向な場所に存在する事実、他方本件家屋は六畳二間を一戸とする二戸建の家屋のところ被控訴人は二戸全部を使用し、被控訴人は田四反歩を自作して農業を営み婿養子邦男夫妻とその間に生れた七歳を頭とする幼少の子供二人合計五人の家族で邦男は宇都宮検察庁に勤務し生計の状態控訴人家に比し遙かに良好であり、又居住状況格段の余裕がある事実、尚本件家屋は岡本駅から徒歩五分位の上白沢街道に接し商業に好適の位置にある事実、控訴人は本件解約申入前は元よりその後も被控訴人に対して具さに事情を訴えて本件家屋の内西半分十三坪丈の明渡を懇請し、若しこれが為め被控訴人に於て手狭となる場合に備えて自己居住の家屋を明渡してこれが使用を許諾するも或いは寧ろ被控訴人の所有の前記二千九百四番の二戸建の内の孰れか一戸を予めその居住者である柴田清次郎又は阿久津アサの諒解の下に同人等の孰れか一方と控訴人居住家屋との交換によりこれが明渡を受け、被控訴人へ返還すべき手筈を整へその選択に応ずべきことを申入れたが、被控訴人は前記調停に於て明渡の請求をしない旨の条項ある理由によつてこれが申出を拒絶し続けて来た事実等がそれぞれ認められる。

惟うに調停一旦成立した以上これが条項は当事者を拘束しその恣意により濫りにこれを変更することは許されず、その条項は尊重して厳守されなければならないことは言う迄もないが、本件調停の条項にあるような明渡の請求をしない旨の約款の趣旨を判断するに、他人所有の家屋について賃貸借契約が成立した際賃貸人と賃借人との間に右のような約束がなされた場合若し永久に明渡の請求を許さない趣旨の合意であつたとすれば、賃貸人である家屋の所有者は永久に使用收益権を喪う結果所有権は有名無実に帰するのみならず、民法第六百四条によれば賃貸借の存続期間は二十年を超えることを得ない旨規定せられて居り、借家法、借地法の規定によるも借家人、借地人の利益の為め短期の賃貸借契約を認めず、堅固な建物所有を目的とする土地の賃貸借の場合は六十年、その他の建物所有を目的とする場合は三十年の存続期間を定め、或いは当事者の合意により右以上の長期の賃貸借を認めたものの、その法意は永久の賃貸借を許容するものでないことは前記民法第六百四条の規定、所有権の本質、賃貸借の性質から推断し得るものであるから、この趣旨の合意とすればその合意は法律上無効であるものと言わなければならない。

従つて本件条項はこれを有効と解釈せんが為めには永久に明渡を許さないものではなく、期限の定めのない賃貸借で相当の期間は明渡の請求を許容しないが、相当期間経過後真に已むを得ない正当の事由があるときは解約を許す趣旨の合意と解するを以て事理に適したものと言わなければならない。原審に於ける被控訴本人の供述中右見解に反する趣旨の合意であつたとの部分は採用しない。

而して本件調停が成立したのは昭和二十一年十月九日であり、控訴人が本件解約の申入をしたのは昭和二十三年十一月一日であり相当の期間としては些か短きに失するの嫌いがないでもないが、前記認定によれば控訴人家の生活、居住の状況は深酷を極め長期間易々として待つことの許されなかつた緊迫した境遇に置かれていたものと判断されるから右期間を目して必ずしも相当の期間を経過しなかつたものと言い難く、且前記認定の当事者双方の生活、居住の状況を社会的、経済的の観点から公平に眺めるとき、殊に控訴人としてはその立場に於て被控訴人の居住権を尊重し、その最少の限度の犠牲に於て本件家屋の西半分十三坪丈の明渡を求める一方これが代償として控訴人居住家屋又は被控訴人所有の貸家の一戸の明渡を準備して居る点、所有者は御互に自己の所有家屋に居住する方が自然に合致するものなる点等に思いを致せば、控訴人が本件家屋の西半分十三坪の明渡を受けられない為め蒙る苦痛の程度は被控訴人が同部分の明渡により受ける苦痛に比較して遙かに甚大であると考えられる。

然らば控訴人のなした本件解約の申入は真に已むを得ない正当の事由に基いたものと認むべく、同解約申入後六个月の経過により昭和二十四年五月一日限り本件賃貸借契約は終了したものと言わなければならない。

よつて控訴人の本訴請求は正当として認容すべきところ、当裁判所とその見解を異にしてその請求を排斥した原判決は不当であつて、本件控訴は理由があるから民事訴訟法第三百八十六条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺葆 浜田潔夫 牛山要)

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